“幸福の夜明け”という意味をもつタイ北部の古都、スコータイ。
バンコクから北へおよそ440キロメートルのこの地に、タイ族による最初の王朝が開かれたのは、1238年のこと。
悠久の歴史に彩られたスコータイの旧市街には荘厳な遺跡が点在し、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
そして、この地で始まり、今ではタイ各地で行われている催しがある。
タイで一番美しい祭りと言われる「ローイ・クラトン(ประเพณีลอยกระทง, Loy Krathong)」だ。
タイ語で“ローイ”とは水に流すこと、“クラトン”とは、バナナの葉で蓮の花などをかたどって作った灯籠を意味する。
タイ陰暦12月の満月の夜、人々はクラトンにロウソクやお線香、花などを乗せて集まってくる。
ロウソクやお線香に火をつけて願い事をしたあと、クラトンを川や池に流していく。
ロウソクの火がいつまでも消えなければ、願い事が叶うと信じられている。
もともとはバラモン教の儀式で、農民の収穫に関係する水の精霊に感謝を捧げるという祭りである。
その後、仏教の影響を受け、一年間の罪や穢れ、不幸を水に流すという意味が加わった。
古都スコータイの旧市街では、何千、何万もの小さな炎が灯され、700年もの時を経た仏跡が、その炎によって赤く浮かび上がる。
満月の光の下、人々の祈る姿は夜遅くまで途絶えることがない。
子供の手を取って一緒に流してあげる母親。
ひとつのクラトンに二人で火をともし、祈るカップル。
昔は、このロマンティックなお祭りが、男女の出会いの大切な場であったとも言われている。
ほのかにゆらめくろうそくの炎。
合掌する仏徒の姿が水面に映る。
人々は、水の精霊に感謝し、自分自身の罪や不幸を水に流し、そして自分たちの平穏を祈る。
700年もの間、人々は毎年そうしてきた。
アジアでは、こうした水とのかかわりをもつ祝祭を多く見かけることができる。
特にタイの人々は、信仰や生活の場で水とのかかわりが深いので、このような祭りが続いてきたのだと思う。
水の流れのようにタイの人々の表情がおだやかでやわらかいのも、水とのかかわりの中で自然にそうなってきたのかもしれない。
“自分たちは水によって生かされている。生きることは自然にゆだねること。”・・・
タイの人々は、そう悟っているのではないかと思わせる祭りである。
<次回へ続く>
ワンダフルライフ 加藤和彦