タイで一番美しい祭りといわれる「ローイ・クラトン」。
陰暦12月の満月の夜、人々はバナナの葉などで作った灯籠に花やロウソクを乗せ、水に浮かべる。
灯したロウソクの火がいつまでも消えなければ、願い事が叶うと信じられているのだ。
古都スコータイでは、世界遺産・マハタート寺院の周りの池に、何千ものクラトンが浮かべられ、
700年におよぶ静かな時の流れを感じさせる。
ローイ・クラトンの期間、世界中から何万人もの人々がスコータイ遺跡を訪れる。
たくさんの夜店も出て、人々は、おごそかで、かつ華やかな夜を楽しむ。
しかし、にぎやかな夜が終わって観光客の姿が消え、朝日が昇る頃、
ひそかな催しが行われていることを知っている人は、そう多くない。
Dawn of happines ceremony。 日本語にすると「幸福の夜明けの儀式」。
もともと、スコータイという地名自体も、“幸福の夜明け”という意味をもっていて、
この催しこそ、スコータイのローイ・クラトンを象徴するものだと感じた。
午前6時ごろ、つい数時間前まで何万人もいたスコータイ遺跡も静けさの中にあり、
ひんやりとした夜明け前の空気があたりを包んでいる。
遺跡の中心的存在であるワット・マハタート寺院の西側に、トラパン・グーン(“銀の池”)と呼ばれる池がある。
その池の真ん中に小さな島があって、そこには土台と柱だけが残る礼拝堂の跡がある。
そこに50人ほどの人々(地元の人々だと思われる)が、お供え物を持って集まってくる。
そして、礼拝堂跡で仏僧たちがお経を唱える姿に手を合わせるのだ。
読経が終わる頃、池をはさんで東にあるワット・マハタートの向こうから、ゆっくりと太陽が昇ってくる。
これこそ「幸福の夜明け」だ。
人々は、読経の終わった仏僧たちに、次々とお供え物を渡す。
夜のうちに災いや不幸を水に流した人々が、次の朝、手にするものは「再生」ではないだろうか。
無垢で新しい何かが満ちてくることの喜びを人々は感じているのだと思う。
人々は、無事に1年が過ごせたことを、年に一度のお祭りで実感し、感謝しているのだろう。
何百年も前からそこにあるワット・マハタートの仏像が、静かにほほえんでいた。
ワンダフルライフ 加藤和彦