ドキュメンタリーは、旅に似ているかもしれません。
思わぬ新しいことに出会える醍醐味があるからです。
その新しいこととは、それまで知らなかった事実であったり、新鮮な感動であったり、自分とは違う価値観であったりします。
子どものころ、テレビでたくさんのドキュメンタリー番組を観ました。
「すばらしい世界旅行」、「野生の王国」、「新日本紀行」など。
テレビからオープニングの音楽が流れてくるだけで、ワクワクしたものです。
まだ見ぬ世界に思いをはせながら、「地球って広いんだなあ」と思ったものでした。
ドキュメンタリー番組は子どもだった私に、世界にはいろいろな文化や多様な価値観があることを教えてくれました。
そして大人になり、海外ドキュメンタリーの日本語版制作に携わらせていただくようになって気づいたことがあります。
それは、地球の生き物の歴史から見れば、人類は ほんの新参者で、何も分かっていない青二才であるということです。
例えば、私たち人類は、地球の支配者なのでしょうか?
いえいえ、ほんの7万数千年前(地球の歴史から言えば つい最近)、個体数が数千~数万人まで減少して絶滅しかけた か弱い霊長類の一種に過ぎません。
それが、たったこの50年間で世界の人口は倍になり、地球にとって邪魔な存在になりつつあります。
現在、地上で暮らす哺乳類の98パーセントは、ヒトと 人間が飼うペットと 人間が食べる家畜たちで占められています。ゾウやライオンやサルなどの 野生の陸上哺乳類は わずか2パーセントほどに過ぎません。(※隠れて暮らす齧歯類やコウモリなどは除く)
そんないびつな世界になっています。
そして今後200年の間に、人間が作り上げた工業社会は、環境破壊、水不足、人口過多などにより崩壊する可能性が高いとも言われています。
21世紀は、人類史上初めて “地球が壊れていく”ことを実感する世紀になるでしょう。
また、例えば 私たちは宇宙のことをどれほど分かっているのでしょう?
宇宙がいったい何でできているのか、私たち人類が把握しているのは、宇宙全体のわずか5パーセントほどに過ぎないと言われます。
残りの95パーセント、つまり宇宙の大部分は、私たちがまだ知らない物質でできているのです。
一方で、ドキュメンタリーの世界に接していると、大自然の繊細さや壮大さ、そこに暮らす生き物たちのたくましさやはかなさ、そして“いのち”の持つ深遠な輝きを、毎日毎日、新鮮な気持ちで感じ取ることができます。
例えば、生き物の“生命の輪”というのがあります。
魚のサケを例にとれば、卵からかえったサケは、川を下り 海に出て、1万キロ以上の旅をした後、また生まれた川に戻ってきます。
ただし、無事に故郷の川へ戻って産卵するサケの数は、1000匹のうち たった1匹程度だそうです。
でも、残りの999匹の死は、決して無駄になっていません。
川の上流に向かう途中で息絶えたサケは、その体に蓄えられた海の豊かな栄養分を、周りの木々や大地に分け与えています。
また運悪くクマに捕らえられたサケも、クマによって森の奥深くまで運び込まれ 食べ散らかされることにより、クマだけではなく森の生き物全体にとって貴重な栄養分となります。
上流の森の栄養が海を豊かにし、遡上する魚たちによって 海の豊かさが上流の森に もたらされているのです。
森の中でも、“生命の輪”はつながり、循環しています。
森の中では どの生き物も、共生と敵対のあい反する関係を巧みに利用しながら、絶妙な“生命の輪”のバランスの中で生きています。
森に生きるあらゆる動植物に、不必要なものは一つもいません。
例えば、森の中の大きな木は、たくさんの実をつけます。
その実の多くは、森に暮らす哺乳類の腹を満たします。
哺乳類の食べこぼした実には、チョウやアリが群がります。
木の実のいくつかは、鳥たちやコウモリが遠くへ運んでいき、種を捨てます。
リスなどのげっ歯類は、その種を冬の備えとして土の中に埋めます。
埋められた木の実のうち、掘り出すのを忘れ去られた種は そのまま地中で春を待ち、芽を出すのです。
また、森の中の大きな木は、いつか倒れます。
しかし、大きな老木が倒れたおかげで、それまで薄暗かった森の中に、突然 日光がたくさん降り注ぐ空間ができます。
それは芽を出したばかりの若木にとって、大きく育つチャンスになるのです。
ドキュメンタリーは、単に知識を伝えるための情報番組でも、教育番組でもありません。
番組をつくった制作者は、何かを目にし、何かを願い、視聴者に何かを感じて欲しいと思いながら、精魂込めて作り上げたはずです。
日本語版を制作する私たちは、そうした制作者の思いも含めて日本語版にし、視聴者に届けることが一つの使命だと思います。
そして できれば、視聴者の皆さんがワクワクしながら観ていただける日本語版にしたいと思っております。
私自身が子どものころに観た「すばらしい世界旅行」や「野生の王国」のように。
ワンダフルライフ 加藤和彦